2014年5月6日火曜日

怒りという感情

大切だから、腹の立つことがある。
大切だから、理解して欲しいと我が出る。
大切だから、怖くなって逃げたくなる。
大切だから、あきらめたくないこともある。

大切に思っているものを
大切に扱えるようになれれば
こんな幸せなことはないのかもしれません。

今日は体験談です。

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私の取り組みの中で一番難しく、もがきながらだったのは子供との関係でした。
自分の思い通りに子供達がならないとそれはもう本当にイライラして
子供のことも受け入れられず、いなくなれと思ってしまう自分もいました。
そんなふうにしか思えない自分が嫌で仕方なく、子供に対してひどい事を
言ってしまっては罪悪感に陥るのでした。

子供に対してわきあがってくる怒りの感情。
これは、もともと自分の中にあったもの。
それが何かのきっかけで出てきた。

この話を聞いた時、目の前の事は問題ではないんだな、こう思いました。
頭ではわかる。けれども実際の毎日の子供との生活の中で
イライラが出ないことはなく、常に怒りのとのたたかいでした。

イライラするのはなくならない。イライラしなくなるようにするのではない。
感情との付き合い方なのだ。これを越えた先に見えるものがある。
というような内容を教えていただいた時に
私はイライラするのは悪だと思っていた事に気がつきました。
そうか、イライラしてもいいんだ、と。
「あいつがあんな事をするから腹が立つんだ!」というストーリーを
乗っけてイライラするのではなく、純粋に怒りだけを外に出す。
この事を教わってから懸命に取り組みました。
けれど、もう本当に苦しかったです。
怒りだけを外に出すのは想像以上に難しくて、どうしても目の前の怒らせた本人
を責めたくて責めたくて。

けれど、1ヶ月程もするとなんとなくコツもつかめてきて
怒りの感情だけを出すという事がなんとなくできるようになってきました。
すると、子供に対してあまりイライラする事が少なくなってきたような
イライラする事を子供があまりしなくなってきたような・・・
そんな気がしています。

これまでは、何か問題が起きてきたらどうしよう・・・
自分がこんなだからダメなんだろうか・・・
などと、自分を責める方向でしか考えられず
結局は身体にも力が入らなくなり落ち込む生活を繰り返していましたが
最近は落ち込んで動けなくなるような事もなくなりました。
生きにくさも前に比べたらあまり感じていないかもしれません。
自分で大丈夫なんだ、というような感覚が確実に根付いたような気がします。

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